金子みすず取材記 その3

金子みすずを訪ねる旅は、車窓にひろがるのどかな山あいの稲作地帯を走る美祢線です。だが、田んぼのあぜ道や農道に敷いたような2本の線路…と、言っては叱られそうですが…。線路はゆるやかな曲線を描きながら、目にしみる緑の中を、なんどもなんども川を交差しながら、川の流れに沿って走っていきます。
そのコトコトのんびりの列車はたったの一両、ワンマンカーでディーゼル車。一日に何本かの列車で、高校生が主な利用客と聞きました。
と、びっくり。車窓から見える大きく削られたセメント色の山肌、まるで恐ろしい砦がせまってくる。その中を、美祢線は「あいさつのアナウンスもなく」突っ込んだ。一瞬「どうなんだ!」と思ったけれど、私は銀河鉄道に乗って、はるかなはるかな旅にでたような気分になった。そして、「金子みすずを訪ねるたびは、こんなにも遠かったのかー!」と心の底から感じいりました。
金子みすずは大正末期、26歳の若さで昭和の初め自死、散逸し埋もれていた作品を長い間、童謡詩人の矢崎節夫さんが長年の努力によって(今でいうオッカケ)、遺稿集を見つけ世に知らせたわけですが、私はこの時はじめて、矢崎節夫さんの御働きの尊さを改めて感じいりました。
つづきはNextブログで。
※世界中で聖書の次に読まれている名作童話の故郷を訪ね「童話の名作」と「現実の舞台」を組み合わせ、そのような作品を生みだした背景や、その作品が持つ自然観や人間観にふれた五十野惇取材記、NHK海外取材番組「童話の国々」がホームページ「五十野惇フォーラム」にあります。
※「パピーちゃん」と「パピーちゃん歳時記絵本」について、もっと知りたい方は、ホームページ「五十野惇フォーラム」へ。
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